かひのしづく

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モーリス(Maurice)

📖作者の死後に発表された小説📚

『モーリス』E.M.フォースターが1913年に執筆した小説です。

ですが、同性愛をテーマにした作品であったため、執筆当初は発表されず(作者の少数の友人たちには読んでもらっていたようですが)、作者の死後に出版されました。

物語前半の舞台となっているケンブリッジ大学で、フォースターも学生生活を送りました。

ただ、面白いのは、作者が主人公のモーリスに、自身とは全く違う属性を与えていることです。

 

フォースターには先祖から受け継いだ十分な財産があり、知的で、更に言えば、ここから先は私の想像ですが、おそらく男性的な肉体的魅力や、肉体の鍛錬・スポーツの類とはあまり親和性が高くなかったのではないかと思います。

一方でモーリスは、俗物で、知的に洗練されているとは言い難い中産階級の郊外族。大学卒業後は父の後を継いで証券会社で働きます。そして学生時代からラグビーなどのスポーツに力を入れる、男らしい肉体の持ち主です。

なぜ、作者は、モーリスをこのような、自分と全く違う人物にしたのでしょうか…。

俗物のモーリスは、もし自身の性的傾向に気づかなければ、あるいは異性愛者であったなら、なんの疑問も持たずに人生を送り、郊外族として金を稼ぎ、家庭を設け、一介の俗物としての生涯を終えたでしょう。

ですが、天から与えられた同性愛という要素によって、彼は自分の性的傾向と向き合わざるを得ないところまで徐々に追い詰められていきます。

そして、愛を返してくれる対象を渇望するがゆえに、彼は自分の心と体の深淵をのぞき込み、その混沌の中から自分の生命の本質を掬い上げ、それを直視し…そうした、あるがままの自分として生きるためのたたかいを通して、モーリスの精神は大きく成長します。

持って生まれた性的傾向が、向き合い方によっては一人の人間を成長させることもあるのだということを、作者は描きたかったのでしょうか…。